【急募】『休む』の定義、ガチで人によって違いすぎる…最終的にとんでもない現実が投下される
休みの日なのに休んだ気がしない。その正体は仕事なのか、通知なのか、自己評価なのか。深夜の雑談スレは哲学と生活感が入り乱れた末、最後に一気に現実へ引き戻されることになる。
仕事、義務、人間関係、通知、自己評価。休みの日に休めた実感の話はもうあるけど、そもそも休息の定義が人ごとに違いすぎる気がする。深夜手前だし、少し抽象度高めでいこう。
主婦だけど一言
休みって「やることが無い日」じゃなくて「呼ばれない日」だと思ってる
家にいてもママーって3回呼ばれたらもう休みじゃないのよ
あの頃のTwitterは良かったとか言いたくなるけど美化もあるわ
結局アプリ消した翌日に、無意識で同じ場所タップしてて笑えんかった
休むって通知から離れるというか、反射から離れることかもしれん
結論から言うと休みを壊してるのは自己評価だよ。家にいても『今日は何も進んでない』って採点始めた瞬間に勤務再開なんだよ
母子家庭なもんで長時間の休みはまず無理。だから10分でも自分の名前で呼ばれない時間があるとかなり違う。子供優先だから、その10分を拾う感じ
はっきり言って休みの定義は簡単だよ。生産性ゼロでも自分を罰しない時間、それが休みなんだよ。そこに罪悪感を混ぜたらもう仕事に決まってるだろ
結論から言うと個人の工夫だけで解決する話じゃないんだよ。有給を普通に使える空気、勤務後に連絡しないルール、そこまであって初めて休みは成立する。間違いない
要するに、休息ってのはタスクから離れることじゃないんだよ。承認を取りに行く姿勢から離れることなんだよ。ここを間違えると温泉行っても通知切っても休めない。間違いない
まあ俺に言わせればな、ここまで来ると休む=義務から離れるじゃなくて期待値から離れるなんだよ。会社の期待、家族の期待、自分の期待。この三重苦
暫定結論だけ置く。休むとは『役割への即時応答義務』から離れることだ。仕事でも家族でもSNSでも自意識でもいい。ソクラテスも言っているが、汝自身を知れの前に、まず呼び出し音の届かない場所を持て
笑い話みたいに読んでたけど、今会社の仮眠室から書いてる。明日というか数時間後に始末書なんだわ。『休む』が分からんのじゃなくて、先月から家に帰っても寝室で仕事のDM返してて、さっき妻に鍵置かれてた。玄関の写真だけ来てた。だからこのスレ、刺さりすぎて無理
元スレッド: 『休む』って結局、何から離れることなんや?(128レス)