【悲報】昼飯1000円時代、ただのランチ代じゃなく生活の余白を削る問題だった
コンビニで軽く買っても700円、普通の定食で1000円。最初は昼飯代の愚痴だったスレが、賃金・固定費・育児・格差まで刺さる生活論に発展していく。
賃金上がってる人と上がってない人で体感が割れすぎてる。節約術じゃなく構造の話をしたい。
コンビニでおにぎり2個とチキン買ったらもう650円なのバグ
でも社食あるやつとないやつで世界違うよな
500円社食は福利厚生という名の身分証
なんか1000円って値段より「これで1000円?」の回数が増えたのがしんどい
育休3ヶ月取ったけど弁当って作るだけじゃないんだよな
米炊く、詰める、冷ます、洗う、買い足す
名もなき家事多い
母子家庭なもんで自分の昼は削るけど、子供の給食費とか学用品は削れない
大人の1000円だけ見ても話終わらんよ
外食1000円って飯代だけじゃなくて、昼の30分で何も考えなくていい権利でもあるんだよな
子供優先だから倒れないように食うんだよ
母親が停止したら家が止まる
結局、昼飯1000円は前線の煙みたいなもんだな
本体は賃金、固定費、家事、育児の補給線が細ってる話
資産持ってる側は物価高で株も家賃収入も上がる局面がある
給料だけの人は昼飯1000円がそのままキャッシュフロー直撃
ここが格差の本丸
通りすがりだけど、一言だけ言わせてくれ
昼飯1000円が問題なんじゃなく、1000円の昼飯を責めることで賃金と固定費の問題が見えなくなるのが問題
金ない時ほど時間も削られるんだよな
遠い安売り店に行く、クーポン探す、作り置きする
節約って無料じゃない
家計って赤字になってから問題化するけど、本当はその前に余白が消えてる
昼飯1000円は余白消滅のチャートなんよ
弁当=安い
じゃなくて
弁当=時間と体力を前払い
ここ大事
ここまでのまとめ
昼飯1000円は贅沢か論争じゃなかった
食べる前に誰にも謝らなくていい生活がほしい
明日の誰かの昼が少し軽くなればいい