【悲報】AI絵努力論争、>>1の告白で全員ブーメランを食らう
AI絵を「努力してる」と呼んでいいのかで始まったスレ、努力・権利・仕事・魂まで巻き込んで大炎上。最後はまさかの>>1自身がAI利用を告白し、議論が完全に別ステージへ突入した。
工夫があるのは分かる。でも同じ努力という言葉でまとめると話が荒れる。線引きの話をしたい。
努力を「主観的な苦労」にするか「スキル獲得過程」にするかで割れてるだけだな
努力って便利な言葉すぎるんだよ
AIで100枚吐かせて1枚選ぶのと、100枚クロッキーするのを同じ棚に置くな
AI絵にも努力がある、まではまだ分かる
手描きと同じ努力ですって言われると無理
道具で終わるなら誰もここまで揉めてない
学習データ問題を語れって話
成果物評価からプロセス評価へ戻る流れはある
制作ログ、ラフ、PSDレイヤーが証跡になる
努力という語を使わず
技能、作業、責任、権利処理に分ければかなり減火できる
仕組みとしてはプロンプトも試行錯誤はある
ただし線を引く訓練とは別スキル
同じ努力にするからバグる
魂を技術用語に翻訳すると
意図、責任、制作履歴、身体性あたりか
そこを言語化しないと水掛け論
腹が立つ理由を言語化すると
努力の主体、成果の帰属、素材への責任が曖昧だからだ
ぼくしょうがくせいです
ぼくのえをAIがべんきょうしたら
そのAIのえはぼくのどりょくですか?
四谷三丁目で乗せた編集者が、AIでラフ増えすぎて選ぶ側が疲れるって言ってた
作る努力が減って、選ぶ労働が増えてるのかもな
まあでも、AI使ったなら使ったって言えよとは思う
そこ隠されると、こっちには判断材料がないわ
まだ残ってたのか
一応言うと、最初の本文はAIに下書きさせた
言い回しは俺が直した
そこが未解決のまま終わるやつ
作業者、判断者、生成器、学習元が全部混ざってる
元スレッド: AI絵を『努力してる』扱いするのは違うだろ(639レス)