【懐古】土曜半ドン、冷や麦と再放送だけで午後が無限だった模様
夏休み前の土曜、午前授業で帰ってきた瞬間に始まる謎の解放感。冷や麦、麦茶、テレビの再放送だけで成立していた“広い午後”に、スレ民の記憶が一気に戻る。
1 名無しさん@お腹いっぱい。
昼に帰って冷や麦食って再放送見てた時代。今思うとあれだけで十分楽しかった。
8 名無しさん@お腹いっぱい。
帰ってテレビつけたらだいたい時代劇かアニメの再放送
水戸黄門→ルパン→謎の洋画みたいな地方編成あったろ
12 名無しさん@お腹いっぱい。
冷や麦のピンクと緑のやつ、誰が取るかで家族内の多様性が試される
18 名無しさん@お腹いっぱい。
家に帰ったら親が普通にいる家庭と、鍵っ子で一人の家庭で思い出の温度差ありそう
そこは雑に美化したらアウト
23 名無しさん@お腹いっぱい。
なんか結局、冷や麦と再放送と暑い帰り道がセットなんだよな
便利になったけど、待つ時間の人権だけは昔の方があった気がする
ずっとROMってたけど、半ドンの記憶って学校が短かった話というより、午後が誰のものでもなかった話なんだと思う
親の予定でも塾でも部活でもなく、なんとなく家に帰って、なんとなくテレビつけて、なんとなく友達の家に行く
今それをやると全部スケジュール管理される
便利になったのは間違いないけど、空白の扱いだけは下手になった気がする
…またROMに戻る
35 名無しさん@お腹いっぱい。
ランダム冷や麦ガチャ
白 白 白 ピンク 白 緑
44 名無しさん@お腹いっぱい。
黙ってたけど一言言わせてくれ
俺の家は冷や麦じゃなくて焼きそばだったから、このスレの中心からずっと少し外れてる
でも土曜の昼に台所のアルミ鍋とか、テレビの再放送とか、網戸越しのセミの声はわかる
食べ物の種類より、家に帰った瞬間に学校の匂いが消えていく感じが共通項なのかもしれない
45 名無しさん@お腹いっぱい。
>>44
それは良い示唆
冷や麦は代表例であって本質は帰宅後のモードチェンジだな
So what?としては、半ドンは制度ではなく儀式
50 名無しさん@お腹いっぱい。
まあ不便だったのは事実だしな
電話も待ち合わせも雑、暑さ対策も雑
でも雑なりに午後が広かった
昔はそこだけ妙に強かったのにな
52 名無しさん@お腹いっぱい。
>>51
最後に現実の畳を敷くな
せっかく広かった午後が宿題で六畳になる
56 名無しさん@お腹いっぱい。
600cc乗ってるけど、あの土曜の帰り道だけは何ccでもない
ランドセル背負ってだらだら歩く低速ワインディング
峠攻めに行こうとかじゃなく、帰るだけでよかった
元スレッド: 夏休み前の土曜半ドンを覚えてる奴いる?(1レス)