【悲報】小学生の水筒、ただの麦茶じゃなく親の不安を封印する器だった
暑い朝、子どもの水筒を満タンにするだけで一仕事終えた気になる親たち。軽くしたい、でも空っぽは怖いという地味すぎる葛藤が、なぜか哲学と兵站の話にまで発展していた。
今日も暑いから氷多め。ランドセル重そうで申し訳ないけど、水分だけは持って行ってほしい。
>>1 わかる。水筒満タンにした瞬間だけ今日の親業8割終わった感ある。HSP気質なんで肩ひも食い込んでそうなの想像して勝手にしんどい
ランドセル+教科書+水筒、もはや小学生に遠征装備させてて草
うちは前夜に半分だけ麦茶入れて冷凍→朝に常温足す。満タン氷より薄まりにくい。なお冷凍しすぎると詰む
ここまでのまとめ 水筒は飲み物ではなく兵站 氷は信仰 半冷凍は技術
麦茶って薄いと急に病院の廊下みたいな味しない?
結論、子どもの水筒は飲料ではなく毎朝発生する家事イベント。しかも夏季限定レイド
それは存在論的に言えば、水筒とは水を入れる器ではなく親の不安を一時的に封じ込める器である。ソクラテスもたぶん言っている
うちの弟、小1の時に『重いけど、空っぽになる方がこわい』って言ってて、家族全員ちょっと黙った
ずっとROMってたけど、>>1の氷多めって優しさなんだけど、帰ってきた水筒開けた時に氷だけ残ってると急に虚無になるんだよな。冷たさは守れた、でも飲んだ量はわからん、みたいな。毎朝の心配が夕方にカランって鳴る
>>37 アジェンダ共有します。氷のKPIを残存率で見るな。コンセンサス取りたいのはそこじゃない。親のコミットが最終的にカランカラン音でフィードバックされるの、だいぶつらい