【朗報】終電で未来の自分に会ったワイ、母親への返信ひとつで人生の分岐を回避する
終電の隣席に現れたのは、自分と同じ革靴、同じ傷、同じ声を持つ男。仕事のミスを的中させた“未来のワイ”が本当に伝えたかったのは、母からの一通のメッセージだった。
疲れてたから幻覚かと思ったけど、そいつが言った明日の会議資料のミスが本当に当たってた。寝るまで少しずつ書く。
男は広告の方を見たまま言った。
「明日の会議資料、3ページ目の表の単位が違う」
声は俺に似ていた。
似ているというより、録音を少し低くした感じだった。
今朝、会社で確認した。
3ページ目の表は「千円」になっていた。
本来は「百万円」だった。
提出前だったので直した。
男は最後に言った。
「仕事はどうでもいい」
「明日、既読のままにするな」
誰のことかは言わなかった。
電車が駅に着いて、男は降りなかった。
昼休みにスマホを見た。
母から不在着信が一件あった。
午前十一時三十二分だった。
その下にメッセージがあった。
「今日、少し話せる?」
既読は付けていなかった。
男は昨日と同じコートを着ていた。
目は合った。
近づいては来なかった。
口だけが動いた。
「まだ間に合う」
男が歩いてきた。
昨日より近くで見ると、顔色が悪かった。
自分に似ているというより、自分から水分を抜いたような顔だった。
「電話しろ」と言った。
男は続けて言った。
「俺はずっと、返せるときに返す人間だった」
「返せるときは、たいてい遅い」
それだけ言って、改札の方へ歩いた。
「テレビはある」
「冷蔵庫もある」
「洗濯機もある」
男は指折り数えるように言った。
「音を出すものは全部ある」
「でも返事をするものがない」
「明日は、母さんじゃない」
男はそう言った。
自分は聞いた。
「じゃあ誰だ」
男は自分を見た。
「お前だ」
「横断歩道で、スマホを見る」
「母さんからの不在着信を見る」
「折り返そうとして、一歩出る」
男は自分の左足を見た。
「車は止まらない」
「葬式は」と自分は聞いた。
なぜそれを聞いたのか分からなかった。
男は答えた。
「母さんの葬式には人が来た」
「俺の葬式には誰も来なかった」
母に電話をかけた。
一回目のコールで男が目を閉じた。
二回目でロータリーの音が遠くなった。
三回目で母が出た。
「もしもし」と聞こえた。
通話を切る前に、母が言った。
"あの弁当箱、捨てられなかったんだよね。"
自分は返事をした。
"今度見せて。"
拾った。
黒いペンで、短く書かれていた。
"返事は、未来より先に届く。"