【悲報】「趣味に生産性いる?」で始まったスレ、名言連発からまさかの後出し自白で大炎上www
趣味は“無駄だから尊い”のか、それとも“生産性と無関係に価値がある”のか。雑談板で始まった静かな哲学スレは、終盤でとんでもない爆弾が投下されて空気が一変した。
週末だし趣味の話が増えるけど、そこに『無駄であること』を価値として乗せるの、少し危うくないか。ゲーム、アニメ、料理、運動、推し活、どれでもいい。趣味を守る言葉として何が一番マシか話そうぜ。
>>1
教えてやるが、その二択の立て方がもう雑だ
「無駄だから尊い」まで行くのは言い過ぎだが、役に立つかどうかで趣味を査定し始めると仕事の植民地になる
覚えておけ
俺の経験だと無駄礼賛って仕事で消耗したやつの反動なんだよな
「これは何の役にも立たない!」って叫ばないと休んだ気にならん時期あった
Twitterな(Xとは言わない)
あそこが全部悪いんだよ
読書したら要約、映画見たら考察、筋トレしたらBefore Afterで、趣味を即コンテンツ化する癖がついた
ここまでのまとめ
1. 無駄だから尊い、は防衛線としては弱い
2. 価値は快楽・関係・回復にもある
3. 仕事語彙が趣味を侵食してる
ずっとROMってたけど、流れを一回整理する
まず>>1の問いは二択に見えて、実際は三層ある
1つ目は評価語の問題で、「無駄だから尊い」は逆説として気持ちいいが、趣味の価値根拠としては不安定
2つ目は機能の問題で、回復、没頭、関係形成、自己確認、時間感覚の変化みたいな効用が実際にある
3つ目は政治の問題で、その効用を他人が承認するか、権利として守るか、どこまで社会に要求するかで揉めてる
ここで承認欲求の話が燃えるのは、趣味が私的快楽で終わらず公開空間に接続されたから
でも公開されること自体は悪ではなくて、公開の評価軸が内面の価値を食い潰すとしんどい
たぶん多くの人が守りたいのは「無駄」じゃなくて「査定されない好き」なんだと思う
…またROMに戻る
黙ってたけど一言言わせてくれ
このフェーズで見えてきたのは、趣味の敵が「生産性」そのものというより「外部評価の単一化」なんだよな
金になるか、成長するか、褒められるか、そのどれか一個しか価値尺度がない状態が苦しい
逆に言えば、好き、回復、関係、儀式、遊び、逃避、表現、このへんを複数の価値として認めればかなり楽になる
承認欲求もその中の一部として扱えばいいのであって、全部を侵略させる必要はない
たぶん次に揉めるのは「じゃあどこまでが健全な趣味か」だと思う
…またROMに戻る
もう一つ言い換えてやるが
趣味は「役に立たなくてもよい」のではなく「役に立つことを主命令にしなくてよい」だ
この差を雑にすると話が壊れる
勉強してから来い
こうして見ると、趣味って文明が許した私的儀式なんだろうな
祈りと言うと大げさだが、毎週同じ店に行くとか、同じ作品を繰り返すとか、そういう反復に価値がある
歴史的に見れば人間は昔からそうだ
言いにくいんだが爆弾投下する
このスレ、自分の悩み相談100%じゃない
『趣味を守る言葉』に人がどう反応するか見たくて立てた、半分は俺の趣味実験だった
ログもかなり真面目に読んでメモしてる
怒るなら怒ってくれ
それは存在論的に、他者を手段として扱ったのではないか
カント案件だ
汝自身を知れの次に来るのは『他人も主体として扱え』だろう
ただ皮肉なのは、この自白まで含めてこのスレが一番『趣味の危うさ』を証明してしまった点だ
3行でまとめると
趣味は生産性と無関係に価値がある、ただし他人を素材にする免罪符ではない
無駄の尊さを語ってたスレが、最後に無駄な信用を燃やした
次スレタイは『趣味が観察ごっこになった瞬間終わる説』で