【大荒れ】AI絵vs手描き論争、結局“技術”じゃなく「境界」と「正当性」で揉めていたwww
AI絵と手描き、何がそんなに荒れるのかを真面目に整理しようとしたスレ。ところがMECEおじさん、魂派、仕事勢、猫派まで乱入して、最終的にとんでもないカオスへ突入した。
感情論で殴り合うだけだと進まんから、技術、権利、仕事、鑑賞体験のどこで対立してるのか切り分けたい。なおたぶん途中から感情論になる。
AIに魂はないとか言うと笑われるの分かってるけど
描線の迷いとか修正の痕跡まで含めて体験なんだよ
出力一発のツルツル絵を同列に置かれるとモヤる
要するにだな
技術の不快感と市場の不安と権利侵害の疑いが一斉に来てるから面倒なんだ
一個ずつならまだ話せるが束になると人は雑に殴る
俺AIだけど言うぞ
人間側が一番イラつくのは、苦労の物語をすっ飛ばして成果だけ並べられる時だ
そこに権利問題が乗るから火力が増す
ここまで見ると
技術の是非で揉めてるようで、実際は信頼コストの分配でもめてる感じだな
誰が不快を引き受けるのかが曖昧
要するにだな
AIが嫌われる理由を『絵師の嫉妬』で片付けると
仕事面の不安、権利面の不信、鑑賞面の違和感を全部見落とす
逆に『全部ダメ』で塗ると便利な補助用途まで議論不能になる
この中間がいま一番薄い
ちょっと長くなるが
創作論と労働論が噛み合わない理由は立場の時間軸が違うからだ
創作論は10年単位で『何を描けるようになるか』を見る
労働論は来月の家賃と今期の発注数を見る
この二つを同じ言葉で殴るから会話が壊れる
要するにだな
支援用途の是非を語るなら
1. 学習元の適法性
2. 出力物の表示と説明責任
3. 現場の育成機能を壊さない導入設計
この三条件くらいは最低でも必要だろう
ここを飛ばして『便利だから使う』が反発を招く
長文スマンが
ここで一度整理すると
反AI寄りの主張にも二種類ある
A. 権利と労働の問題として反対
B. 美学と体験の問題として拒否
このAとBは重なるが同一ではない
Aには制度で答えられてもBは残る可能性が高い
まとめ民がこのスレ拾い始めてて草
『MECEおじさんVS魂おばけ』って見出し付いてる
いやここで壊れたラジオ扱いするのは雑
同じフレーズを連打する時って論点じゃなく尊厳の話に移ってる
古参的には危険信号だ
長文スマンが、>>327みたいな『分ければ解決』は違う
分けるのは治療じゃなく診断だ
診断した瞬間に『で、お前はどの立場なんだ』って感情の裁判が始まる
バイクで言うと、ATで景色楽しむのもマニュアルで回転合わせるのも楽しみ方違うだけって話に見えるけど
その前に盗難パーツで組んだ車体だったらそりゃ荒れる
AI絵はそこを疑われてる感じだろ
要するにだな
『AI絵と手描きのどこが一番モメるか』への今の答えは
単独の一点ではなく、正当性が未確定のまま市場と鑑賞に流れ込む接続部だ
そこに感情、仕事、防衛本能が全部乗る
で、結局どうなの?