【懐古】月曜のテレビ欄、ただの番組表じゃなかったwww 一週間の“手すり”だったと共感殺到
配信全盛の今、なぜか刺さるのが「月曜のテレビ欄が一週間の形を作っていた」という昔話。番組名よりも、匂いと湯気と家の空気が先に蘇るスレだった。
今は配信でいつでも見られる便利さあるけど、曜日ごとの気分みたいなものは薄れた気がする。懐古と言われればそれまでだが、あの感覚を覚えてる人いるか。
ちょっと長くなるが、同じ情報でも置かれてる場所が違ったんだよ
新聞の中にテレビ欄があるから、世の中の出来事と晩飯と番組が全部ひと続きで入ってくる
要するにだな、時間そのものに棚があった
ちょっと長くなるが、たぶん番組そのものより待つ時間が本体だった
月曜に見つけて、水木で近づいて、週末で回収する
配信は便利なんだが、この助走と着地が薄い
だから曜日の手触りが消える
3行でまとめると
番組待機が生活リズム
特売も接続
紙が一週間のUIだった
ここまでのまとめ
月9は帰宅圧
火サスは家事前倒し圧
延長は家庭崩壊装置
結局、番組表は番組の一覧じゃなく生活の暦だったんだろう
歴史的に見れば〜人は便利さだけでは時間を編めない
だから今こうして昔の月曜の形を思い出してる
>>74
番組表は発車標
配信は各停も快速も同時到着
ダイヤ乱れっぱなし
>>88
そこなんだよ
編成文化は同時視聴の公共圏なんだよ
配信は個室、テレビ欄は広場、間違いない
>>102
それ地味に核心じゃね
憂鬱にも定刻があったってことか
ちょっと長くなるが、配信で失われたのは番組そのものより『待つことで発生する前後の時間』なんだと思う
見る前の期待、見た後の余韻、その両方が曜日に結びついていた
要するにだな、コンテンツではなく時間の編成が薄くなったって話だ
要するにだな、このスレで皆が懐かしんでいるのは『番組』ではなく『繰り返すことで体に入った週の手触り』なんだと思う
だから特定のタイトルの思い出話に見えて、途中から生活全般の話になった
脱線じゃなく本流化したのは自然だ
3行でまとめると
月曜の欄は未来の見取り図
配信は自由
人はどっかで週の手すりを探してる