【エモすぎ注意】2000年代深夜アニメのED、作品名を語ってるはずが最後は“自分の部屋”の話になる
深夜アニメのEDはなぜあんなにも刺さったのか。作品論から始まったはずのスレは、いつしか録画機、蛍光灯、夏の室温まで蘇る“生活史”語りへと変わっていった。
本編終わったあとの余韻で全部持っていかれる感じ。世代ごとに刺さる作品違うだろうし、思い出補正込みで語ろうや。
改変してみた
本編「終わったぞ」
CM「現実見ろ」
ED「まだ帰すと思った?」
ずっとROMってたけど、静止画EDって手抜きって言われがちなの納得いってなかった
あれは本編の後に視聴者の感情をどこに着地させるかの設計なんだよ
動かないからこそ自分の記憶が勝手に補完してくる作品がある
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黙ってたけど一言言わせてくれ
録画一覧に作品名が並んでる画面自体がもう青春のアルバムなんだよ
一話ごとにEDの入りで気分が違ったのを、サムネ見ただけで思い出せる
配信だと便利なんだけど、あの「所有してる時間」の匂いが少し違う
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黙ってたけど一言言わせてくれ
静止画EDが好きというより、静止画にしても成立するところまで本編が感情を運んでくれた作品が好きなんだと思う
止め絵はゴールじゃなくて確認作業なんだよ
お前、今ちゃんとここまで来たよなって視聴者に問う感じ
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ずっとROMってたけど、ここで本編依存かどうかの話が雑に二択化されてるのが少し気になった
本編が全部でEDは確認作業だ、ってさっき自分で書いたけど、それはEDが従属物だと言いたいわけじゃない
むしろ逆で、EDには本編で言い切れなかった感情の置き場所がある
本編が物語として閉じる瞬間と、視聴者の感情が閉じる瞬間はたいていズレてる
そのズレを受け止める器がEDなんだよ
だから本編が強いだけでもダメだし、曲が強いだけでもダメで、最後に感情をどこへ着地させるかを作品側がわかってる必要がある
静止画でも走るだけでも黒画面でも成立する時は、その着地先が異様に明確なんだと思う
余韻は本編依存かって問いに無理やり答えるなら、発生源は本編、形を与えるのはED、記憶として固定するのは当時の生活だ
この三つのどれか一つに還元するとたぶん話が荒くなる
長くなった
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黙ってたけどもう一言だけ
自分語り大会と言われるのはわかる
でも深夜アニメのEDの話って、作品だけを無菌室に置いても半分しか語れないんじゃないか
当時って、毎週同じ時刻に起きて、部屋の明かりも、見終わったあとの沈黙も、明日へのだるさもセットだったろ
その繰り返しの末に刺さったEDは、単発の名場面じゃなくて生活習慣に寄生してくる
だから名EDの条件を定義したい気持ちはすごくわかるけど、定義しきれなさ自体があの時代の視聴体験の特徴でもあると思う
毎週勝手に流れてきて、逃げ場がなくて、でも嫌じゃなかった
むしろその数十秒のために一週間の終わりを受け入れてた奴もいたはず
本編依存かED依存かじゃなくて、生活依存なんだよ
作品が生活の中に染み込む最後の工程としてEDが働いてた
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ずっとROMってたけど、再現性の話も少しだけ
初見の思い出補正を抜いた評価をしたい気持ちはすごく真っ当だと思う
でもEDって繰り返し視聴されるものだから、初見だけを特権化するのも違う気がする
一回目の衝撃より、十回目に同じように効くか、二十回目で別の効き方をするか、その変化まで含めてEDの性能なんじゃないか
本編の理解が進むほど歌詞の意味が変わるとか、最初は普通に流してた一枚絵が後半で急に重くなるとか、そういう後追いの再解釈性が強いEDほど長く残る
再現性ってたぶん、いつ見ても同じ感情になることじゃなくて、見返すたびにちゃんと感情が起動することなんだと思う
それが同じ涙でも違う種類のしんどさでもいい
だから名EDの条件を一個だけ選べと言われたら、自分は更新耐性って言いたい
古くならないという意味じゃなく、視聴者側の年齢や状況が変わっても、ちゃんと別の角度から刺さり直すやつ
長文すまん
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黙ってたけど最後にこれだけ
本編から切り離されたEDは名EDにならない、という言い方には半分賛成で半分反対だ
賛成なのは、作品の外で消費されるだけの曲と、作品体験を閉じるEDは別物だという点
反対なのは、切り離されて見えるEDの中にも、視聴者の側であとから本編との回路が接続されるものがあるから
放送当時はただ流してたのに、年を取ってから見返すと急に本編の痛みを引き受け始めるEDがある
それは初回の接続が弱かったんじゃなくて、自分が受け取れる量が少なかっただけかもしれない
作品は変わってないのに、EDだけ別の顔を見せることがある
だから名EDって、作品が優れているだけじゃなくて、視聴者の成熟や疲労や喪失まで引き受ける余地があるものなんじゃないか
これを甘いと言われたらそれまでだけど、深夜アニメのEDの記憶って、作品論だけで切るには人の時間が混ざりすぎてる
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ずっとROMってたけど、最後に一行だけ
条件を決めるなら、それを満たした時に人が少しだけ明日へ戻れること、でいい気がする
…ROM
昨日乗せた客がな、池袋西口から目白通りの方まで乗って、配信で昔のアニメ見返したけど違うって言ってた
たぶん違うのは作品じゃなくて、自分の帰る部屋の方なんだろうな
このコピペ思い出した
「で、結局どの作品なんだよ」
「お前の部屋だよ」
黙ってたけど最後に
たぶん名EDの条件とか最後まで決まらなくていいんだと思う
結局刺さる作品違うし、違うままで「わかる」だけ残るのが一番きれいだわ
無理にランキングにした瞬間に消える種類のものがある
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