【悲報】AI絵vs手描き論争、単価と権利の話から始まったのに最終的に水風呂14度で決着してしまう
AI絵と手描きは共存できるのか。重いテーマで始まったはずの雑談板スレは、現場の悲鳴と権利論を経由して、なぜかサウナ施設格付けへと着地した。
感情論だけじゃなく、仕事・単価・練習・権利の話をしたい。どっちの側にも言い分あるだろうから、雑な二元論にはしたくない。
ちょっと長くなるが、単価の話はかなり生々しい
例えば1枚2万でラフ3案出してた仕事が、AIで10案叩き台作れるから1.2万でと言われる
ここで問題なのは効率化そのものじゃなく、削った分が人間の監修コストに再配分されないことだ
結果として責任だけ残る
これが怒られてる点だと思う
長文スマンが、上手い下手で生き残りが決まるというのは半分だけ正しい
上手くても発注側が差分を理解できない領域では値切られる
一方で、修正耐性や打ち合わせ能力みたいな人間側の技能は残る
だから淘汰というより、評価軸のズレで消耗戦になる
このズレが現場のストレス源だな
長文スマンが、すり替わりではない
練習環境が崩れると数年後の供給側に影響するから、現場の損得に直結する
アシスタント工程やラフ量産工程が若手の訓練場だったなら、そこが消える意味は大きい
短期の効率化が長期の人材育成コストを外部化している、と言えば分かりやすいかもしれん
長文スマンが、ここは二段階で分けないと話が散る
1つは現行法で直ちに違法かどうか
もう1つは業界慣行や同意の有無として妥当かどうか
前者だけで白黒付けようとすると、後者の不信が残って炎上し続ける
要するにだな、『合法っぽい』と『受け入れられる』は別問題だ
長文スマンが、制度設計の順番としては
1. 学習元のカテゴリ開示
2. 権利者の拒否手段
3. 商用利用時の責任主体の明示
この3つが先だと思う
要するにだな、是非を決める前に追跡可能性を作らないと議論が毎回空中戦になる
ちょっと長くなるが、判定困難性は別の意味でも問題なんだ
AI使用者にとっても、非使用者にとっても冤罪コストが高い
『見た目だけで断罪』が横行すると、手描き側も不利益を被る
要するにだな、今のままでは利用者も反対者も証明負担だけ増えている
ちょっと長くなるが、厳密な百分率は無理でもカテゴリー表示はできる
例えば『生成下敷きあり』『背景のみ補助』『全面生成後加筆』のような区分だ
食品表示みたいに完全精密でなくても、判断材料があるだけで摩擦は減る
要するにだな、測れないから何もしない、は雑なんだよ
長文スマンが、ここでズレてるのは『価値』を一種類で話してることだ
1. 発注側にとっての価値は納期と単価の安定
2. 見る側にとっての価値は体験や記憶への残り方
3. 描く側にとっての価値は技能の蓄積
要するにだな、量産性が勝つ場面と線の味が勝つ場面を分けずに殴り合ってるから泥になる
長文スマンが、この手のスレで最悪なのは価値論がそのまま人格論にスライドすることだ
『AI使うやつは怠け者』『手描きに拘るやつは時代遅れ』みたいなラベル貼りは議論の省エネでしかない
要するにだな、制作手段の選択と人間の尊厳を直結させた瞬間、板文化の燃料になる
ちょっと長くなるが、このフェーズで見えたのは『共存できるか』より先に、『何を守る条件なら許容できるか』を詰めないと全員が別通貨で殴り続けるということだ
線の味、量産性、作画崩壊、市場原理、生活コスト、学習元、信用、このへんが全部つながってしまっている
要するにだな、ここから先はAI絵そのものより、誰が何を削られて怒ってるのかを言語化できるかどうかだ
>>364
便利な道具は仕事を奪わないが単価は削る
味の話は残るが依頼主はあまり見ない
最後はなぜかサウナ
もう結論出たな
AI絵と手描きは知らん
近場なら松の湯か北の湯、ガチるなら14度