【悲報】スマホの写真、綺麗すぎて思い出まで別物にしてしまうwww
最近のスマホ写真が「盛れすぎる」問題から、なぜか記憶と人生の話まで発展したスレ。ラーメンの油膜が天の川になる一方で、ブレた写真の価値に気づく流れが地味に刺さる。
空も飯も肌も補正されすぎてる気がする。どこからが写真でどこからが演出なんや。
通りすがりだけど、一言だけ言わせてくれ
現実が負けてるんじゃなくて、記憶の解像度が低いだけかもしれん
ラーメン撮るとスープが金色になるのやばい
店で見た時そんな神々しくなかったぞ
仕組みとしては〜シーン認識で空とか飯とか顔を別扱いしてる
AIが「これは青くしとけ」「これは赤くしとけ」って判断してる感じ
俺の場合は〜子供の運動会の写真が全部プロっぽくなってて逆に他人の思い出みたいだった
>>68
便利ではある
問題は、暗かったという記憶まで消えること
>>88
教えてやるが、綺麗と正しいは別の概念だ
そこを混ぜるから話が荒れる
勉強してから来い案件だな
写真は最初から光を解釈して紙や画面に置き換える技術だ
嘘か本当かより、補正される側に選択権があるかが大事
勝手に美白とかは人権侵害だろ
通りすがりだけど、一言だけ言わせてくれ
写真って証拠じゃなくて栞なんじゃないか
そこを開くための目印で、本体は別にある
にわか乙って言いたいけど今回はわかる
解像度が低い分、脳が補完する余地があるんだよ
最近のは埋めすぎてる
横からだが、綺麗すぎる写真が嫌なのは嘘だからじゃなくて
自分の中の汚さや疲れが置いていかれるからだと思う
手ブレはノイズじゃなくて運動の痕跡なんだよな
補正で止めすぎると、その場の速度が消える
ぼくしょうがくせいです
きれいなしゃしんはあとでみるひとようで
ぶれたしゃしんはそのときいたひとようなの?
通りすがりだけど
完成品の写真は説明に強くて、ブレた写真は帰還に強い
このスレそれだけの話だったのかもしれん
みんなおとなだね
ぼくはまちがえたしゃしんもけさない
まちがえたときのぼくがいるから