【懐古】ラジオ体操カード、ただの紙なのに夏休みの記憶を支配してしまう
ハンコを押してもらうだけの紙切れなのに、なぜか寝坊すると人生に敗北した気分になる。早朝の草の匂い、にじむ朱肉、首から下げた湿った紐まで一気に蘇るスレ。
ハンコもらうだけなのに寝坊した日の敗北感すごかった。
わかる。
あれだけは寝坊すると1日終わった感あった。
夏休みなのに朝イチでKPI落としたみたいな気分。
首から下げる紐が湿っていた。
カードの角は丸まっていた。
ハンコ欄だけが異様に重かった。
公園の砂がまだ冷たかった。
自転車のスタンドを立てる音が多かった。
誰も大きな声では話していなかった。
ちょっと長くなるが、その帰宅後の扇風機まで含めてラジオ体操だった気がする。
公園で体を動かすイベントというより、家に戻って麦茶飲んで、カードを机に置いて、今日も夏休みが1日減ったなって確認する儀式。
小学生には言語化できないけど、生活の区切りだったんだよな。
関係者だけど、地域によっては最終日に鉛筆とかノート配ってた。
ここだけの話、子どもは景品よりカードが全部埋まってることの方を気にしてた。
各家庭の夏休みって微妙に違うのに、ラジオ体操だけは共通の入口だった。
帰ったらトーストの家もあるし、味噌汁の家もあるし、もう親が仕事に出てる家もある。
同じハンコをもらって、そこから全員別々の一日へ散っていく。
今はQRコードで参加記録とかありそうだけど、子ども側の記憶に残るのは結局、紙のヨレとかインクのにじみなんだよな。
関係者だけど、記録媒体は感情を保存しない。物だけがたまに保存する。
カードなくした日の親の顔www
いや笑えん
朝から家族総出で探して、なぜか冷蔵庫の上にあったわ
最終日にカード見せ合うの好きだったわ
全部埋まってるやつが王者で、ちょいちょい空いてるやつも別に責められない
夏休みってそういう雑な優しさあった
結局、ハンコ自体に意味があったというより、朝起きて、外に出て、誰かに会って、家に帰るまでがひとまとまりで残ってるんだよな。
紙のカードはその入口の鍵みたいなものだった。
今思うと、ずいぶん小さい鍵だった。