【朗報】サブスク全盛でもアルバム文化、なぜか炊飯器とエアコン音で生存確認される
単曲スキップが当たり前の時代に、アルバムを最初から最後まで聴く意味はまだあるのか。スレでは曲順、余白、サブスク、生活音まで巻き込んで妙に深い議論になっていた。
単曲で聴かれる時代だけど、曲順や余白まで含めて作品って感覚も捨てがたい。お前ら最近アルバム通しで聴いた?
代表曲だけ聴くやつ、猫の耳だけ撫でて帰る客みたいで信用ならん
通知で曲間が死ぬのはある
無音の2秒にLINEのピコン入るともう作品じゃなくて現実
>>31
ちょっと長くなるが、アルバムって聴く体力だけじゃなくて「時間を預ける相手」なんだよな
単曲はつまみ食い、アルバムは店に座る感じ
だから便利さで負けるのは当然として、消えるかは別問題
1曲目×2曲目なのか2曲目×1曲目なのかで意味変わるからシャッフルはカプ違いNG
要するにだな
アルバムは「商品単位」としては弱くなった
でも「解釈単位」としてはまだ残ってる
この区別をしないとサブスクの勝ち負けだけの話になる
サブスクは便利だが、全部プラットフォーム依存なのは脆弱性ある
配信停止されたら思い出ごと404だぞ
>>48
棚がプレイリストになったんだと思う
ただ棚は偶然の隣同士が見えるけど、プレイリストは見えない裏側で並べられてる
そこに寂しさはある
文化か商流かで言うなら、商流に乗らない文化は縮む
でも縮むことと死ぬことは違う
俳句とか短歌みたいに、全員はやらないけど濃い人が残す形もある
曲単位の時代にアルバムを守るなら、昔みたいに全員の標準に戻すんじゃなくて
好きな人がちゃんと時間を取る遊びとして残す方が現実的だな
映画館で映画を見るのに近い
結論っぽく言うと、アルバムは生活の標準装備ではなくなった
でも休日にわざわざ準備して聴く少数派の儀式としては残る
むしろその方が作品扱いされるかもしれん
MECEに分解すると
曲、曲順、余白、聴く姿勢
この4象限なんだよな
So what?と言われると今俺は無音を再生している
最後まで流しっぱなしにしてたら部屋のエアコン音だけ残った
これが余白か
アルバム文化まだギリ生きてるわ