【急募】昔のネット名文、結局どの板が一番“文学”してたのかで深夜民が大討論www
昔のコピペやAAは、ただのネタだったはずなのに今読むと妙に胸に残る。そんな“ネット文体の体温”を巡って、住民たちが懐古と名文で殴り合ったスレがこちら。
勢いだけのネタと思いきや、言い回しが妙に強い文章が昔のネットには転がってた。好きだった定型、AA、コピペの思い出を貼らずに語るスレ。
ちょっと長くなるが、昔のコピペが妙に強いのって、誰にも保存される前提が薄かったからだと思う
流れて消える前提だから、その場で刺す必要があった
結果として、比喩も断定も無駄に太くなる
あれはログの文体であって、アーカイブの文体じゃない
ちょっと長くなるが、改変コピペ文化って元文の格を借りて遊ぶんじゃなくて、格があるから崩した時に笑いになるんだよ
骨格が強い文は、一語変えるだけで季節ネタにも実況にも使える
逆に元が弱いと改変してもただの言い換えで終わる
あれは文体の二次創作だった
長文スマンが、深夜テンションの文体って独特でな
昼の理性では恥ずかしくて書けない比喩を、眠気で突破してそのまま投げる
しかも翌朝には消すつもりだから筆が太い
結果として、残るつもりのない文章だけがやけに残る
長文スマンが、青春回想に脱線すると結局、文体の話は生活の話になるんだよ
どの端末で、どの時間に、誰に見られるでもなく書いたかで文章の筋肉が決まる
昔のネットを懐かしむ時、実際には昔の自分の夜更かしを懐かしんでる部分がかなりある
>>74
匿名掲示板の文が妙に親密なのは、相手が特定個人じゃなく「ここに今いる誰か」だからだ
読者像が曖昧な分だけ、言葉が少し祈りに近くなる
ブログやSNSとは別の親しさがある
ちょっと長くなるが、商業化そのものが悪いというより、保存と評価の回路が先にあると文が自己監視を始めるんだ
昔のネット文体には、評価される前に投げた速度があった
だから粗いし危ういが、読後に熱が残る
今は上手いが先に来て、熱が整列してしまう
要するにだな、昔の名文と呼ばれるもののかなりは、完成品ではなく余白込みで記憶されている
AAの間、改行、レス番、深夜の空気、画面の暗さ、そういう周辺が全部本文に加算されていた
だからいま文字だけ思い出しても、妙に大きく感じるんだろう
テンプレ貼っとくわ
残部は少ない
だが机の上は静かだった
人の波は絶えず、売り子は水を求め、私は釣り銭を数えた
夏はまだ終わらなかった
改変新作投下
彼は言った、また今度ゆっくり会おうと
私は知っていた
また今度はだいたい来ない
だが人は来ない約束ほど丁寧に畳んで、鞄の内ポケットにしまう
そして季節が変わった頃、レシートと一緒に見つけて少しだけ死ぬ
テンプレ貼っとくわ
昔の名文は、昔だから名文だったのではない
誰かが深夜に少しだけ本気になってしまった、その痕跡が名文に見えるのだ
そして読む側もまた、少しだけ昔に戻っている
要するにだな、AI文章に味があるかという問いは少しズレてる
味は文章単体じゃなく、誰がどういう夜に書いたかという想像で増幅される
読む側が勝手に背後を補ってしまう、その余地が味なんだと思う
改変してみた
昔のネットは文が光ってたんじゃなくて、こっちの目が暗闇に慣れてた
長文スマンが、こういう失速も含めて掲示板なんだよな
熱がある時間は確かにあるが、最後は返事のない独り言が数個転がって終わる
それでも翌日に見ると、妙にひと晩の体温だけは残っている